日本の防衛費増額と背後にある民主主義と権威主義の対立軸

  • 過去10年間の日本の政治を規定してたプロ安倍とアンチ安倍の対立軸が壊れ、日本は違う方向に進み出そうとしている。
  • 防衛費自体をGDP比率で議論することは問題ないが、2%というレベル感は多いように感じる。ただし、そこから減らすためには、中国と同時に防衛費減額というのが最適である。
  • 防衛費を増額するためには財源が必要であり、それを増税に求めるのは普通の選択肢である。
  • 今回の防衛費増額をもたらしたのは民主主義と権威主義の対立軸であり、それはプロ安倍とアンチ安倍を引きずっていると見えない。
  • 今後の世界情勢は民主主義と権威主義の対立軸で動き、日本は民主主義の陣営の一員としての行動がより求められるようになる。

プロ安倍とアンチ安倍からの転換

日本の政治を概観すると、今回の防衛費増額という局面における一番大きな変化はプロ安倍とアンチ安倍の影響力が低下したことだろう。過去10年間、日本の政治は安倍首相を支持するか、支持しないかが大きな分水嶺になっていた。正確に言うと、2014年からの第3次安倍内閣から2020年の退陣までが最も影響のあった期間であるが、ただ、その後にも安倍首相は大きな影響力を持っていたため、実質的には10年間、プロ安倍とアンチ安倍が日本の政治を規定していた。

そういう意味でも、安倍首相というのは大きな存在であった。安倍首相の周りに集まった人たちの中には、明らかに御輿として安倍首相を担いでいた人たちおり、オリンピックにおける汚職にはその一端が現れている。プロ安倍はいろんな集団の集まりであり、必ずしも一枚岩ではなく、それを繋げていたのが安倍首相ということになる。それ故に、安倍首相個人の思想というよりは、その存在が大きな意味を持っていた。

一方で、反対側の人たちも安倍首相に反対することで一枚岩になっていた。彼らも安倍首相に反対することでビジビリティが上がり、政治的に、あるいは実利的に利益を得ていた。つまり、プロ安倍もアンチ安倍も政治的に経済的に利益を生み出す仕組みになっており、それが過去10年間の日本の政治を規定していた。

今回の防衛費増額で特徴的だったのはプロ安倍とアンチ安倍が共に反対していたことにある。プロ安倍が今回の方針に反対していたのは防衛費増額と同時に増税をするからであり、アンチ安倍は防衛費増額自体に反対していた。いずれにせよ、これまでの日本の政治を規定していたのはプロ安倍とアンチ安倍であり、その両陣営が反対したにもかかわらず、防衛費増額と法人税等の増税が決まった。この結果はプロ安倍とアンチ安倍が共に影響力を失ったことと、その対立軸がこれらの日本を規定しないことを意味している。

現状としては、読売の調査のように多くの人が防衛費増額に理解を示している。

https://news.yahoo.co.jp/articles/5748ccc2476866305785cb55eb3da17e2f02a5f9

その上で、それを国債発行で賄うという考え方は支配的ではなく、何らかの形で安定的な財源を得るべきだと多くの人が考えている。もちろん、増税に賛成している人自体は限られているが、そもそも増税に賛成するということ自体が稀であり、最終的には、防衛費増額と増税の組み合わせを受け入れるしかなく、そのような状況になりつつある。

つまり、今回の防衛費増額というのは、過去10年間のプロ安倍とアンチ安倍の対立軸が壊れ、日本が違う方向に進みだす転換点になった。

防衛費増額のレベル感と増税の正当性

今回の防衛費増額はGDP2%を意識して決定されている。いきなり2%を目指すというのは増額幅が大きいように感じるが、ただ、根本的問題として、防衛費のレベル感をGDPの比率で語ること自体にはそれほど大きな問題はない。そもそも、日本はこれまで防衛費をGDP比1%の枠内に抑えてきた。そういう意味では、今までも防衛予算は対GDP比で規定されていたので、2%というレベルになったから、対GDP比で考えるのはおかしいという議論自体は成り立たない。

本質的な問題はこの防衛費増額が多いのか、少ないのかという議論である。どうして多いと感じるかと言うと、煎じ詰めると、徴税から集められてきた予算をどこに分配するかという問題にあり、防衛費の配分を多くすると他への配分が減ることになる。増税によって防衛費増額を賄ったとしても、防衛費の比率が増えることは事実であり、その結果として他への予算配分が比率的に減少する。

ただ一方で、今までの予算配分が効率的だったとも思えない。明らかに無駄な予算も多数あり、財源が増えるとただ単に無駄な支出が増える可能性が高く、それであれば、防衛費を増やす方がまだ有効とも言える。

結局、日本が防衛費を増やすことになったのは、それが必要になったからである。日本の安全保障環境が急に変わったということはないが、一般的認識として安全保障に対する考え方が変わった。中国が東アジアにおいて確実に軍備を強化してきたのはずっと変わらないし、人民解放軍が脅威なのも変わらないが、ロシアがウクライナを攻めたため、東アジアでも同様のことが起こる可能性を感じている人は確実に増えている。

それが何故かは説明しにくいが、その背後にはロシアが日本の隣国だからという認識があるだろう。つまり、ウクライナの戦争は遠い国の話のように見えて、日本に物理的に一番近い国がロシアであるため、実際の距離以上に隣で起きていることのように感じられる。そのため、実質としてではなく、国民の認識としての安全保障環境に変化があった。

変化を生み出した理由はもう一つあり、それは民主主義と権威主義の対立であり、権威主義体制は自らの利益のために戦争をするという認識が一般的に共有されつつある。それはロシアがウクライナを攻めた帰結でもある。そして、中国や北朝鮮も自らの利益のために戦争をする可能性があるという認識が醸成されることになる。

そのため、防衛予算増額自体には多くの国民が反対する方向性ではない。予算のレベル感として多いように感じるが、どのレベル感が正しいのかも難しい問題である。

今回の防衛費増額に対して増税をセットにしたのは、日本政府が最低限のレベルを守ったとも言える。増税に賛成する人たちは基本的にいない。税金は安い方が良いし、今回の場合は法人税増税が中心になるため、企業の人たちは反対している。法人税と人件費はバーターできるものではなく、法人税払いが増えるから人件費を減らすという議論は成り立たないと思うが、法人税が増えるから設備投資が減るという議論は成り立つ。つまり、法人税が増えると企業活動には影響が出るのは間違いないし、企業の経営者が法人税は低い方が良いと主張するのはその通りだろう。

ただし、予算を増加する上において財源を確保する必要があり、今回のように大幅に予算を増やすのであれば、増税する以外に方法はない。だから、増税をセットにしたのは、日本政府が批判を覚悟の上であるべき姿を示したとも言える。

それに加えて、日本政府が改めて先制攻撃をしないことを明言したのは正しい。手の内を明かすべきではないという議論があるが、そもそも、日本国憲法は国際紛争解決手段としての武力行使を否定している。つまり、何があっても先制攻撃は出来ない。それは敵基地だけに限らず、どのような軍事力に対してであっても、日本は先制攻撃をしないし出来ない。

敵基地攻撃においても、その原則が変わるはずがなく、手の内を見せる見せないの議論は意味が分からない。先制攻撃が必要だと主張するのであれば、憲法9条の規定を変えるという議論をすべきであって、現在においては憲法9条下で出来ることを議論するしかない。政府は現憲法の制限を受ける主体であり、先制攻撃は出来ない。

結果として、今回の安全保障議論はそれなりにバランスの取れたものになった。もちろん、このバランスがどこにあるべきかはそれぞれに国民によって変わり、違うバランスが良いという人たちもいるだろう。それは大いに主張すべきであるが、いずれにせよ、今回の決定自体は、最終的にマジョリティーに支持されているだろう。

もちろん、防衛費は少ないに越したことはない。減らす機会があれば減らす方が良いし、現状の安全保障体制をパッチするために5年10年の短期的な防衛費のスパイクであれば良いと思っている。ただ、これが恒久的な支出レベルになるかどうかは、結局、日本だけで解決できる問題ではない。中国が防衛予算を減らすのであれば、日本も減らせるだろうし、そういうことが全体のバランスとして起こって欲しいとは思うが、今後10年ほどは、現状の東アジア情勢に大きな変化はないだろう。

民主主義と権威主義の対立軸

プロ安倍とアンチ安倍という視点からすると、今回の防衛費増額は意図が不明に見え、その背後にある考え方は見えないのかも知れない。逆に言うと、プロ安倍だから防衛費増額に賛成していて、アンチ安倍だから反対しているという構図は最早存在せず、そもそも、防衛費増額と増税のセットに関しては、プロ安倍とアンチ安倍が共に反対していたにもかかわらず、その2つが同時に決定されている。

今回の防衛費増額の背景にあるのは民主主義と権威主義の対立であり、民主主義陣営の中にある日本として防衛費を増額するという方向性になっている。防衛費増額だけを見ていると、その流れは見にくいが、現実的には、日本はオーストラリアとフィリピンの間での安全保障の協力を強化している。韓国との関係は以前よりも改善してきており、台湾との関係は従前通りの安定的である。これに加えて、次期戦闘機はイギリスとイタリアと共同開発することが決まり、それら全ての流れは民主主義陣営の中での日本を示している。

そもそも東アジアの安全保障環境自体は大きな変化はなく、膨張する人民解放軍とそれに対抗するために協力関係を構築する同盟国という形になっている。法的な意味において日本の同盟国はアメリカだけだが、そこから準同盟国としてのオーストラリアやフィリピンとの関係はこれからも少しずつ変化するだろう。防衛費増額はこの大きな流れの一環でもある。

それと同時に、ウクライナの戦争は東アジアの安全保障認識を大きく変化させることになった。ロシアがウクライナをほぼ理由なく侵攻するという事実は脅威であり、実は、今までもこのような行為はあったものの、ここまで大きな認識の変化を生み出すことはなかった。それはウクライナが比較的大きな国であり、結果としてのウクライナの戦争が大きなものになったからでもある。そして、ウクライナ国民がロシアの侵攻に対して多大なる抵抗しているため、日本でも安全保障の認識が大きく変化してきている。

実際問題として、日本の一部の島嶼は中国に侵攻される可能性があり、また、中国が台湾を攻撃する可能性自体は常に存在する。中国が台湾を侵攻した際に日本は関わらないと主張している人たちがいるが、実際にそういう事態になると、関わらないというのはほぼ出来ない。

そもそもの問題として、中国が台湾に侵攻するというのは、ただ単に台湾に侵攻するということではない。台湾はアメリカからの支援を得られる可能性が高く、中国はそれを阻止するために嘉手納、普天間、那覇の基地を攻撃する可能性が高い。あるいは、それらの基地を攻撃するかどうかの決断を迫られる。

仮に、嘉手納を攻撃しなかったとすると、米軍は嘉手納から支援を開始するため、中国が制空権を得られる可能性は低い。一方で、先に嘉手納を攻撃すると、日本とアメリカが参戦するため、簡単に台湾を落とせなくなる。中国が後者のシナリオで戦うためにはロシアがやったような電撃作戦が必要で、1週間くらいで台湾を落とすしかない。ただ、ロシアはキーウを落とす電撃作戦に失敗したため、最終的に敗戦の方向に追いやられている。つまり、ロシアの失敗は中国の作戦変更を迫るものであり、日本にある基地を攻撃せずに、台湾を侵攻するという可能性は低くなっている。

中国にとって嘉手納、普天間の米軍基地と那覇の自衛隊基地を攻撃するかどうかは大きな決断の問題であり、それらの基地がある故に、簡単には台湾侵攻を出来なくなっている。逆に言うと、嘉手納の基地がなければ、台湾侵攻はより容易になる。少なくとも現状としては、沖縄の基地は東アジアに平和をもたらしており、それがなくなると東アジアは簡単に不安定になる。

結論として、中国が台湾に侵攻した際に日本が関わらないという選択肢は、中国が沖縄の基地を攻撃せずに、台湾だけを侵攻したときに限られる。ただし、その場合において、アメリカは台湾を軍事的に支援し、そして前線で台湾の人たちが戦うことになるわけで、それで日本が何もしないという選択肢はほぼない。そうなるのは、今の国際情勢が民主主義と権威主義という対立軸で動いているからである。

世界情勢の再編

民主主義と権威主義の対立軸というフレーミングは違う副作用も生み出している。そもそも、民主主義と権威主義の対立の萌芽はいろんなところで見られていた。アフリカのサハラ地域では軍事クーデーターが相次ぎ、民主主義からの脱却が起こっている。それとほぼ同じ状況がミャンマーで起こっている。ただし、これが先鋭化した形として現れたのがウクライナの戦争であり、ほぼ完全な形として、民主主義と権威主義の対立を表している。

一方で、この対立の結果として、同盟関係の微妙な再編成が起こるかも知れない。サウジアラビアの現状の位置は微妙であり、ロシアとの距離感を維持しながら、今まで以上に中国に近づいているように見える。それはサウジアラビアが究極的には権威主義体制に分類されるからでもある。つまり、民主主義と権威主義のフレーミングが強くなった結果として、一部の国は権威主義としての自己認識を強くしている。

日本は依然として湾岸諸国と友好関係を維持しており、それがそのまま維持されるためにも、サウジアラビアがより民主主義になる方が良く、そのためにはサウジアラビアでも選挙をして欲しいと思う。王制であっても選挙は可能であり、カタールは選挙を実施している。一気に大きな変化はないかも知れないが、選挙をすることで少しずつの変化は生み出せる。

一方で、権威主義体制側でも微妙な変化はあり、ベトナムはロシアから離れつつある。ベトナム共産党を当初支えていたのはソビエトであり、それは中国がベトナムを攻めてからより明確になった。そして、ロシアがウクライナを攻めることにより、ベトナムはロシアへの安全保障依存を減らそうとしている。

ただ、結局、全ての状態を変えるためには選挙をするしかなく、ベトナムにも選挙をして欲しい。共産党体制下での選挙がどのようなものになるかは想像できないが、民主主義自体は選挙がないと成り立たないし、全てを一気に変えられなくても、選挙を一部に導入することはできるだろう。

結局、今の世界は民主主義と権威主義の対立軸で動きつつあり、日本の防衛予算はその現れでもある。この対立軸がどれくらい続くのかは分からないが、今後10年は先鋭化していく可能性が高い。

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