「大麻合法化について」4・日本は欧米を見習う必要があるのか?

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要点

  • 欧米における大麻合法化はドラッグが蔓延した結果である。
  • 日本はそんなところまで見習う必要は全くない。

結局、欧米で大麻合法化の動きが起こっているのは、ドラッグがあまりにも一般化したため、最早歯止めが利かなくなったからである。ドラッグ使用者が多くなれば、大麻合法化の支持者は間違いなく増える。そのような合法化の動きは合理的選択の問題でない。欧米が進んでいるのは違法ドラッグの蔓延であって、合法化には根本的に何のロジック的正しさもない。

それはソフトドラッグの非犯罪化にも当てはまる。要するに、大麻使用者が増えすぎると、全ての違法使用を犯罪として取り締まれなくなるため、まずはソフトドラッグの非犯罪化というコースを辿ることになる。もちろん、非犯罪化を正当化するロジックは如何様にも作れるが、それが絶対的に正しくなることはなく、基本的には我田引水の理論に過ぎない。

問題は、日本もこのような欧米の流れに従う必要があるのだろうかという点である。最先端である欧米に従って、大麻の非犯罪化及び合法化という流れを進むべきなのだろうか?

こういう風に問いを立てれば、多くの人は馬鹿馬鹿しくて反対するだろう。欧米が進んでいるのは違法ドラッグの蔓延であり、それを正当化するロジックを模倣しても何の意味もないからである。そのため違法ドラッグ蔓延という話をするのではなく、例えば大麻は安全だとか、ドラッグ中毒者は病気であり、犯罪者として扱うべきではないという意見になったりする。

最終的には、これは国民がドラッグ利用をどう考えるかという問題になる。日本は間接民主制を採っているが、それでも間接的には国民の意見が反映されており、国民がどのようにドラッグ問題を捉えるかが最終的な法制度へと繋がっていく。

その際に、功利的判断が重要な役割をするとは思えない。違法ドラッグに対しては刑罰よりも治療の方が安いから効率的で、だから治療優先にしようと言ってもあまり意味がない。もちろん、欧米のようにドラッグが限度を超えて蔓延すれば、そのような選択を採るしかなくなるが。

そのような意見よりも、ドラッグ使用者の人権をどうやって守るかの方が議論としてはまだ理解できる。ドラッグに手を出し、それが発覚すると、日本ではかなりの社会的なペナルティを負う。それが行き過ぎだという意見はあり得る。ただし、全ての犯罪者に人権はある。彼らの権利をどうやって守るかという議論はあり得るが、麻薬中毒者だけが特別扱いを受ける理由はない。

日本では違法ドラッグが受け入れられないと思うが、アジアの大部分の国でもソフトドラッグ合法化を受け入れないだろう。イスラムの国も受け入れないだろうし、中国も受け入れないだろう。イスラムは宗教的問題だが、中国にとっては、ドラッグによる清朝政府の退廃とそれを受けたアヘン戦争及び植民地化が現在の中国復興のスタート地点になっている。フィリピンでもドラッグ撲滅が大きな闘争になっている。アジアでは向精神性のドラッグが素晴らしいという価値観はない。

 

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